鉄の鳥の夢

 私は、鉄の翼を持つ鳥の夢を見た。
 それは、とても不思議な夢だったので、それが夢だと分かってからもしばらくの間、その夢の渦の中に浸っていたいと思うほどだった。ふわりふわりと、水に浮いたり沈んだりするような気分に似ている。奇妙な浮遊感だ。そう、だから夢なのだ。
 鉄の翼の鳥はとても大きくて、その羽ばたきはとても大きく、耳をつんざくような音を出した。翼の先には赤い炎を宿し、絶えずきらきらと輝いている。それが仲間との目印なのだろう。鳥は、ドラゴンに似ていた。知っているだろう?私は、若い頃にドラゴンと共に旅をしたことがある。私の一生分の時の中でも、ドラゴンの一生分の時の中でも、それは些細なものであったが、たしかに私たちは共に旅をした。朝焼けに向かって飛び、夕日とともに大地を捨てた。静かに風を切り、ドラゴンの猛々しい声を聞いた。
 鉄の翼の鳥は、ドラゴンに姿形は似ていたけれど、彼らほどの誇りも、猛々しさも持ち合わせてはいなかった。ただ、大きくてうるさいだけだ。ゴォゴォと火を吹いているようだった。私の耳には絶えずその音が聞こえていて、とても落ち着かない気分にさせられる。見れば、堅い鉄の翼は羽ばたいてはいなかった。まっすぐに伸ばされたまま、風を切る。
 鳥には風が見えているのだろうか。
 遠く地平に、赤黒い光が見える。黄昏だと知れた。私と鉄の翼の鳥は、黄昏へと向かって飛んでいる。黄昏へ。黄昏へ。黄昏へ。
 鉄の翼の鳥よ。私をどこへ連れていくつもりだ?どこへ行こうとしている?問いかけても、答えはない。私は鳥の言葉を知らず、鳥は私の言葉を知らなかった。通じあえぬ私たちは、ただ沈黙の内に飛び続けた。
 誰かが私の名前を呼んだ。
 アルファと、呼ぶ声が聞こえる。
 あぁ、これは夢だ。夢を見ているのだ。
 はたと目を覚ますと、目の前にはシグマがいた。樹の根の間で眠っていた私の胸元で、小さな黒い子猫は飛び跳ねて起こしたのだった。
「どうかしたのかい?シグマ」
 そう問いかけると、彼女は。
「ひどく、魘されていましたよ」と答えた。
「うむ。恐ろしい夢を見ていたのだ」
「あなたにしては珍しいことですね。どんな夢です?」
 ほんの少しだけ肩を持ち上げ、樹を背にして座ると、シグマはいつもそうするように、私の上着の合わせに身を潜り込ませると、小さな体を丸めた。
「鉄の鳥の翼を借りて、世界の暮れへと旅する夢だ」
 それで、夢の話をすると、彼女は、
「あら、それは今のあなたの旅と何が違うのです?」
 とこともなげにそれだけ言って、ふんと鼻を鳴らして目を閉じてしまった。
 はて、彼女の言うとおりか。世界の暮れへ暮れへと旅する鉄の翼の鳥に乗って、さて、私はどこへ向かっていくのだろうか。